冷蔵庫 ページ39
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「俺は自分の意志でここにおる。」
ゾムはそう強く言ってのけた。小さく息を吸い込む。Aは強く思った。私は、優しさの意味を履き違えてしまっていた、と。初めは身につけてくれたのが嬉しかった。それだけだったのに、いつしか贈りたいではなく、贈らなきゃという気持ちになっていた。それを、見抜かれていたらしい。それでも、律儀に身につけてくれていたのだから、やはり以前とは変わっている。
「そっ、か⋯⋯。」
「貰ってばっかりやとこっちも悪い気ぃするし。」
「たしかに。」
「せやから、今度は俺の番。」
「え?」
こっちきて、と誘導されるままについて行くと、ぴたりと冷蔵庫の前で止まった。何があるんだろう、とゾムの顔を見ると、にやりと口角を上げて何か企んでいるような顔をする。ゾムは自身の体を盾にして、見えないように冷蔵庫から何かを取り出した。次の瞬間、じゃーんという効果音と共にそれが差し出された。
「えっ、イチゴ!?」
そこには、宝石のように輝く真っ赤なイチゴが並べられていた。一粒一粒形の整ったイチゴは、見ているだけでもうっとりするほどの美しさがあるというのに、ほんのり香る甘酸っぱい香りが甘く熟している証拠だった。
「これ、プレゼント。」
「えっ、えっ!?今、夏なのに!?」
「うん。好きなんかなーと思って。」
「や、まぁ、好きだけど。」
「うん。ええやろ?」
「た、高かったんじゃ⋯⋯?」
「お嬢。もらう側はそんなん聞いたらあかんねんで?」
「う⋯⋯。」
友達は対等な立場であるべき。そう思っていたのは自分だったはずなのに、どうしてお嬢とその付き人の関係でも、それは同じことだと気付かなかったのだろう。Aは、いつの間にか心に蔓延っていた焦燥感が消え、憑き物が落ちたようなすっきりした気分だった。
今日のこのことは、きっとAが大人になっても覚えているだろう。向き合い方を知ったときというのは、大体そういうものだから。ゾムがくれた季節外れのイチゴはとびきり甘かった。
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作者名:月出里 | 作者ホームページ:https://mobile.twitter.com/home
作成日時:2024年3月12日 22時