副音声 ページ19
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綺麗に焼き目のついた肉を、ゾムがひょいとAの皿に入れた。
「食って。」
ちょうどその時白ご飯が届いて、万全の体制が整ってしまった。そんなに見られると、少し食べにくいのだけれど。じゃあ、いただきます、とおずおずとお肉を口に運ぶ。
「ふは、うまそうに食うなぁ。」
Aは、頬っぺが落ちそうなほどの肉の旨味に舌を殴られて、キラキラと目を輝かせながら口いっぱいに頬張っていた。こんなにおいしいお肉は、食べたことがない。
ゾムは、自分でも食べてはいたものの、続けてAの皿に肉を入れ続けていた。それで、口元でほんのりと笑っていて、今までそんな笑顔を見たことがなかったから、なんだか変な気持ちだった。
それにしても、こんなにおいしいならいくらでもいけちゃいそう。胃袋に限界なんてない。Aは、焼かれ続ける肉を次々と口にしていった。
無限に食べられるなんて嘘だ。普通に考えてそんなわけがない。人間においていくらでもなんていうのは不可能だ。Aは食べ始めた頃とはうって変わって、絶望を纏った限界を感じていた。
「お嬢、次焼けるで。」
ゾムは、網の上の肉に世話をしながら、満面の笑みを浮かべていた。それはもう楽しそうだった。これもまた見たことがないくらいに。
「いや、もう、お腹が⋯⋯。」
「残したらもったいないやろ?」
お店の迷惑になるから、あなたが頼んだんでしょ!?と叫びたくなるのを抑えて、パンパンのお腹をさする。これでゾムが少ししか食べていないのであれば、怒ることが出来たかもしれないのに、ゾムはひとりで信じられない量を食べていた。その食べっぷりは、見ているだけでお腹いっぱいになりそうなほど。
「ほら、お嬢の分。」
無慈悲にも皿に放り込まれる高級肉。どんなに高くておいしいものも、適量じゃないと楽しめないということを、Aは深く学んだ。
Aが苦しそうな顔でしょぼしょぼとなりながら食べる様を見て、ゾムはいっとう楽しそうに笑っていた。実際はニマニマといやらしい笑みを浮かべていただけなのだが、Aにはケケケケケという悪魔の笑い声のような副音声が聞こえている。
それから二回ほど焼けた肉を皿に入れられたが、それ以上は本当に高級肉が口からこんにちはしそうになったため、やめて、本当にやめて、フリじゃないってば!と皿を手で覆ってなんとか己の尊厳を死守した。
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作者名:月出里 | 作者ホームページ:https://mobile.twitter.com/home
作成日時:2024年3月12日 22時